Speaks vol.58  <<ダビデンコが勝った理由>>

前回、達成感が脳の働きを鈍らせるという話をしました。
いい成績をあげた時に、達成感に浸ってしまうと安心してしまい、
脳から体への指令がうまくいっている状態にブレーキをかけてしまう。
だからいい成績をあげた時こそ、休まず畳み掛けるように頑張って、
さらに上を目指すと良いという話でした。

だけど間違ってほしくないのは、せっかく試合に勝っても
「自分はまだまだだ」「もっと上を目指さなきゃダメなんだ」などと、
自分を否定してしまわないこと。
そういうネガティブなイメージは、脳の働きを鈍らせる危険があります。

調子が良いのに、「うまくいきすぎじゃないか」とか、
「次はうまくいかなくなるんじゃないか」と考える心の習慣がある人は要注意。
自分の調子はいい。だからさらに上を目指せるという事実を、
客観的に見られることが大切になります。

一般的には、調子が悪い時ほど頑張ろうとしがちです。
「前はちゃんと打てたのに!」
「もっとうまく打てるはずだ!」という時ほど頑張ろうとする。
だけどこれは、脳科学的な考え方からすると、
頑張るのは良くないとは言わないけれど、効率的ではない。
良くない時に頑張るのは、マイナスをゼロにする効果はあっても、
結果としてパフォーマンスはゼロのままで上がっていないのです。

調子が悪い時には、思い切って休んだ方がいい場合もあります。
「休む」というと、「サボる」みたいな罪悪感をイメージしてしまう人なら、
言葉を変えてみると良いでしょう。
「休む」=「自分をリフレッシュさせる」とか。
「疲れた」なら、「体が回復したがっている」など。
捉え方、見方を変えるだけでも随分と違います。

ただし、調子が良い時には休んではいけない。
伸びる絶好のチャンスと捉えて畳み掛けるように突き進むと、
プラスがさらなるプラスを雪だるま式に増やすというのが、脳科学的な考え方です。

マラソンの練習では、「いよいよゴール」という時に、
「もう1周!」とさらに追い込みをかけるメニューがあるそうです。
そうすると、パフォーマンスが上がってタッチの差で負けなくなる。
これは何も、もう1周走った分だけ速くなったという単純な練習量の問題ではなくて、
達成感による緩みを与えない、脳科学に立脚するトレーニングと理解できます。

昨年末のATPファイナルズでは、ダビデンコが12連敗していたフェデラーに初勝利。
だけど勝ったダビデンコは特に喜ぶでもなく、
その表情はさらに先を見据えるように締まっていました。
そして決勝でもデルポトロを撃破。
フェデラー戦で達成感を脳に与えなかった優勝と言えます。

解説/スポーツラーニング・黒岩高徳
構成/テニスライター・吉田正広