Speaks vol.38  <<勝負に絶対はない>>

「勝負に絶対はない」とはよく言われますが、
これについて深く理解できている人は、あまり多くいません。
というよりも、頭では理解できていても、
その現場に立たされると、誤った考え方をしてしまいやすくなるようです。

あるトーナメントで第2シードを与えられた私は、
もしかすると格下の選手に負けるかもしれない、
シードダウンするかもしれないと不安を覚えたものでした。
「勝負に絶対はない」のだから、これは可能性として十分あり得る話です。

ところが第1シードの選手のことを考えると、
彼はすごく強い選手であることを知っていましたから、
「彼は必ず決勝にくる」「まず負けないだろう」と思い込んでいました。

でも「勝負に絶対はない」のだから、彼だって1回戦負けするかもしれないし、
彼自身も実際には私のように「シードダウンするかもしれない」不安を常に抱えて
試合に臨んでいるのです。

何が言いたいのかというと、
「誰しも負けるかもしれない不安やストレスを感じている」ということ。
このことをしっかりと頭にたたき入れておきましょう!

ところが多くの人は、「自分は負けるかもしれない」と不安を覚える一方で、
「あの人は必ず勝つに違いない」「あの人には不安なんてないんだ」というように、
相手について過大評価を与えるきらいがあります。

例えばプロテニスプレーヤーについて考えると、
昨年まで勝ちまくっていたフェデラーには、他の選手は「彼には勝てない」と
思い込んでいたところがあったに違いありません。

ところが今年、フェデラーに勝つ選手が現われ始めると、
次々と彼を破る事態が起こり始めました。
さまざまな理由が考えられますが、フェデラーに対する過大評価が縮小し、
「もしかしたら勝てる」と正しく考えられる視野の広さを、
他の選手が獲得できたからだと分析できるのです。

フェデラー自身は変わっていない。
変わったのは周囲の選手の思考や心理で、
これが実際の勝敗に大きな影響を及ぼすと考えられるのです。

結局勝負は結果にすぎません。
戦う前から「勝てない」「負けるかもしれない」というような
まだ分からない先の話のことを心配したり、悩んだりしても意味がないのです。
そんな不安は誰しも持っているのだし、それが普通の心理状態でしょう。

やるべきことと言えば、その試合でただ、「ファイトする」のみ。
勝てば勝ったで自信が得られるし、
負けても敗戦から上達の糧となるヒントは見つけられるはずです。
ただしそのためには、その試合を勝とうが負けようが、
全力で「ファイトする」ことが必要となります。

相手の存在をおびえる、あるいは侮るなどして
中途半端な戦い方をしても、得るものはありません。
次に試合に臨む際には、ただ全力で「ファイトする」ことを心がけてください。
今までとは違う収穫があると思います。

解説/スポーツラーニング・黒岩高徳
構成/テニスライター・吉田正広