Speaks vol.129
  <<腑に落ちる>>

テニスは、相手が前にいて、ボールを前に打ち返すスポーツです。
だから、「ラケットは前に振るものだ」と思い込んでいる人が少なくありません。

「今さら何言っているんだ!」
「当たり前だろ!」という声が聞こえてきそうですね。

実際にフォアハンドのお手本として、
ラケットを「外」へ振る正しいスイングを示してボールを前に飛ばして見せると、
みんな頭では理解してくれます。

「なるほど」
「確かにそうなっていますね」と。

というのもストロークのスイングというのは、
ラケットを最も引き切った後方からインパクトまでの距離が、せいぜい40~50cm
程度。
プロのような大きなスイングの実体は、後ろから前というよりも、
内側から外側へ振り出して、インパクト後に内側へ返ってくる軌道をたどってい
るのです。

頭では理解して、素振りや球出しではどうにか改善されそうになるのですが、
いざゲーム形式のライブボールを打とうとすると、
やっぱり前へ振るスイングへと逆戻り。

頭では理屈として分かっていても、身体が言うことを聞いてくれないのは、
脳の指令が筋肉に正しく伝わっておらず、腑に落ちていないからです。

こういう場合、いくら頭で考えてもできないのだから、
身体の方に働きかけて、脳へ情報をフィードバックするのが効果的です。

レッスンでは「手引き指導」というものを行ないます。
コーチが生徒のラケットを手で引いて、スイングイメージを体感させるのです。

すると、「え、こんなに外に振るんですか!?」という驚きの反応が、
返ってくるケースが少なくありません。

自分では、コーチに言われた通り外へ振っていたつもりなのに、
できていなかった現実とイメージとのズレが認識されます。
すると、頭で考えなくてもできるようになるのです。

ここから学べる教訓は、
自分の尺度内でやっている限り、腑に落ちることはないということ。

コーチによる手引き指導を受けたり、
自分でも意図的に大袈裟にやってみたりするなかで、それまでの尺度が取り払われ、
身体から頭へと情報がフィードバックされることでスイングが変わり始めます。

ラケットを前へ振る概念が凝り固まっていると、
テイクバックからインパクトまでが1mほどにもなる誤ったオーバースイングに
なり、
ボールは飛ばないし、スピンはかからないし、ミスも多くなる不調に苛まれます。

脳からの指令により筋肉は動きますが、
筋肉からの働きかけにより脳へ情報をフィードバックすることも可能。
すると、腑に落ちます。
次回はこの双方向性について、より詳しく考察してみたいと思います。

解説/スポーツラーニング・黒岩高徳
構成/テニスライター・吉田正広