Speaks vol.130
  <<押してダメなら引いてみる>>

前回は、ラケットを「前」ではなくて、
「外」へ振るストロークの正しいスイングについて解説しました。
ただし、そのことについて頭では分かっても、
長年、前へ振るものだと思い込んできた固定概念により身体が言うことを聞いてくれない。

前へ振ってボールが飛ばなければ、さらに前へ、それでもダメなら、もっと前へと振ろうとしがちです。

しかし、「押してダメなら引いてみる」ということわざが教える通り、ダメなら方向性を変えることで上手くいく場合が多々あります。

例えば、右足を前に「出す」ためには、左の骨盤を「引く」のです。
右ストレートパンチを「出す」のであれば、左腕は「引く」と力強くなります。

ヨガのある本では、床に仰向けになって行なう腹筋運動は、上体を上へ「起こす」のではなく、
骨盤を下へ押し「下げる」ことで上体が立ち上がると説明されていました。

皆さんもストロークが上手くいかないようであれば、今までやってきた方向性を変えて、「前」ではなく「外」へ振るようにしてみると、
「押してダメなら引いてみる効果」で長年にわたりこびりついてきた固定概念が打破され、突破口を見出せるかもしれません。

動きの指令は脳から筋肉へと伝わりますが、脳が固定概念で凝り固まっている場合は、筋肉からの働きかけにより情報を脳へフィードバックし、新たな気づきを得ることもできるというわけです。

競泳の瀬戸大也選手は世界水泳選手権で、金メダルを期待されながらも惨敗。
最終レース直前の練習では、レース用の練習ではなく、普段やる単純な反復練習をひたすら繰り返したそうです。

押してもダメだから、引いてみた。
すると、結果は金。
筋肉が、普段通りの練習をこなす中で動きのフィードバックがなされ、本番では脳からも筋肉へ良い指令が伝わるようになったと考えられます。

今、テニスはラケットを思い切り振り抜くトップスピン打法が全盛ですが、それはなぜか?
単に「バックアウトしにくい」や「沈むボールが打てる」という効果以外に、
「これだけしっかり身体が動くのだから、筋肉は緊張などしていないはずだ!」と、
脳に思い込ませるメンタル的な意味合いがあるからだと考えられているそうです。

掃除なども、始める前は面倒くさいものです。
しかし、無理矢理にでもテキパキやり始めてみると、
「こんなに動くのだからやる気があるに違いない!」と脳が勘違いして、
身体からの働きかけによりモチベーションが上がったりします。

ひとつ言えることは、指導の中に「脳」という言葉を入れると、
皆さん大変ありがたがって聞き入ろうとしますが、脳はそんなに崇高ではない(笑)。
理屈では納得しても、正しい指令を筋肉へ送れない不完全なところがあるようです。
完全なら、頭で理解した通りの指令を筋肉へと送れるはずだからです。

だから、押してダメなら引いてみる。
脳から指令を受けるばかりの頭でっかちではなく、身体から情報を脳へ伝える実践的なフィードバックを試してみると、思いもよらぬ成果を手に入れることができるかもしれません。

解説/スポーツラーニング・黒岩高徳
構成/テニスライター・吉田正広