Speaks vol.122
  <<概念②>>

前回のスピークスでは、凝り固まった概念が、
変化することを阻んでいるという話をお伝えしました。

自分が持っている固定化された概念の存在に気づき、
凝り固まってる状態を少し柔らかくすることで、
レッスンのアドバイスを受け容れやすくなるという内容でした。

とはいえ概念を変えるにあたっては、いくつかの壁があります。
代表的なものを紹介してみましょう。

まず「好き・嫌い」というモノサシが関わる場合。
そうすると、上達するために必要なのだけれども、
「嫌い」だから受け容れられないということが起こります。

例えばダブルスのストロークでは、
トップスピンをかけて相手の足元へ沈めるテクニックがとても有効です。
ネットよりも低い打点で取らせることができるから攻撃されずにすみ、
また軌道が急激に変化するため、相手にボレーを打ちにくくさせる効果もあります。

しかしレッスンではそのことを理解してくれても、いざ試合になると、フラット
ばかり打つという人がいます。
なぜかというと、フラットが「好き」で、トップスピンの当たり「嫌い」だとい
うのです。
必要性は認めているのに、「嫌い」だから受け容れないというわけです。

しかし、食べ物の食わず嫌いで「ピーマンはマズイ」と思い込んでいるだけなの
と同様に、まだ上手く打てないなどの理由により、
トップスピンの当たりが「嫌い」だと、今は決めつけてしまっているだけなのか
もしれない。
いろんな調理(レッスン)の仕方で「好き」に変えていくことができれば、
より豊かなショットメーキングができるようになるはずです。

次に、「良い・悪い」というモノサシが関わる場合。
これは選手クラスのエピソードですが、
ボレーは押すのが「良い」、押さないのは「悪い」という概念が、彼らの頭の中
にありました。
そうすると、どんなに「狭く打て!」とアドバイスしても、彼らはどうしても押
してしまうのです。
概念がジャマをして、「上からラケットを入れる感じで狭く打つ」ことができま
せん。

トッププロは押しているとはいうけれど、狭い中で打ったあとに、前に押し出し
ています。
選手クラスのレッスン生たちは、全体が広がっているメリハリのない打ち方に
なっていました。
このような「良い・悪い」というモノサシも、概念を凝り固まらせてしまい、自
分が変われない原因です。

あるいは「言い訳」。
できないのではなく、やらない。
自分の概念が凝り固まってしまうと、新しいことをやろうとする以前に、やらない言い訳を探し始めてしまいがちです。

概念について自分の学生時代の例を振り返ると、
「これだけ勉強しても大学に受からなかったら、アメリカにテニス留学する」といった同期生がいました。
そのことに、私はとても驚いたのです。
「そんなの、世界で一握りの選手だけがやることではないか!」という概念が、自分の中にあったからです。

でもその一言をきっかけに、私の概念は覆り、大学に行ったのはその同期で、私がテニス留学をしたのです。
固定化された概念が軟化すると、人生すら変わりました。

とはいえ、同じことを今しろと言われても、なかなかできません。
ここには優先順位の問題が関わってきます。
「アジアでテニスビジネスを広げるチャンス」と勧められもしますが、
すかさず私は「今の日本の仕事ができなくなる」と、「言い訳」を探し始めてし
まう(笑)。
年を取った今の自分の中にある凝り固まった概念が、ジャマをするのです。

しかし、一度テニス留学のハードルを越えた経験がありますし、
必要に迫られればチャレンジするかもしれません。
これは生活の根底を覆す話ですから、優先順位が高く、どうしても慎重にならざ
るを得ないのです。

ですが、たかだか「トップスピンを打つ」、あいるは「ボレーを狭く打つ」くら
いのチャレンジは、生活の根底を覆すほど優先順位が高いわけでもありませんので、どんどんやっていただきたいと思います。
失敗しても、やり直しは何度でもできるのですから。
そういうことを繰り返していけば、凝り固まっていた概念が少しずつ柔らかくなり、必ず自分の中で変化が生じるはずです。

解説/スポーツラーニング・黒岩高徳
構成/テニスライター・吉田正広